細客がセパレートアンプに手を出した話⑤

意を決した私は、都内オーディオ店のハイエンドコーナーに向かいました。お店の方に「アキュフェーズのP-4600とC-2300を購入したいのですが」と用件を切り出した時には「これでもう後戻りできねえ」と思いました。安い買い物でもないので結構ビビりましたね。
自宅で聴感上の違いを何も感じなかったらどうしよう、何かが改善したとしても音楽を聴くのが楽しくなかったらどうしよう、金ドブになったらどうしよう…

店頭で具体的な製品名について言及したのはこれが初めてでした。定価ベースで150万する代物、それも一見の新規客ですので、店側にしてみたら「鴨葱キタワア」といった感じだったものと想像します。
私自身にはまだ、気持ちの揺らぎが多少ありました。私なりに調べて、消去法で残った仮説がこれという話に過ぎず「試聴した結果、何が何でも欲しいと思った」訳ではないからです。

当該機種はセパレートアンプとしては入門機同士の組み合わせですがそれでも予算ギリギリ。対抗はパワーアンプをA-48に差し替え、ですね。前述の理由により、外国メーカーのアンプはこの時点で選択肢から外しています。

正直に言いますが、スピーカーとコントロールアンプ、パワーアンプを一発で差替する訳ですから私の財力ではキャッシュがキツかったです。誰でも考えるC-2900は財布が無理でした。

え?C-3900?何それ。

それより下の価格帯だとプリメインアンプになりますね。ですが過日、プリメインアンプの視聴をさせて頂いた時にE-5000とE-4000の有意差はほとんど感じませんでした。5kのプリ部は回路設計上はC-3850ベース、Balanced AAVAです。一方の4kはE-480後継でAAVA。単純に考えたらノイズレベルの違いが聴感上の差として効いてくる筈ですが、それでも音色は4kの方が好みでしたからこの時点で5kは選択肢から落としました。

加えて。拙宅は夜間の時間帯にまで4349をドライブすることは考えられない環境なので、夜は当然、音量をかなり絞ります。それで音が痩せなければ、なお好ましいです。

まあいくら何でも全部が叶う訳はないですし、無いもの強請りだと分かっています。私はまさか機器を売る側に前項①みたいな◯脳がいるとは思いもしませんでしたが、視聴には前提があり、それぞれの事情というものが存在します。我々は仮想世界に住んでいる訳ではないという事は強調しておきます。

さて。果たしてこの人と会話のキャッチボールは成立するのでしょうか。

「私も配送で都内のお宅を訪問しますが、現実問題としては皆さん然程、住環境に恵まれている訳ではないですね。いずれにせよ、今お住まいの環境を考慮して、何がいいのかを考えましょう」

この人から買おう、と思いましたね。

「P-4600の発売時期は10月下旬ですので、ここで決めてしまわれるのではなく、試聴してお決めになられる事をお勧めします。価格的にはA-48と然程変わらないですから、両方お聞きになってみて下さい」
「ご自宅のスピーカーと揃えないと試聴の意味はありません。4349をセットしますから、試聴予約をなさって下さい。P-4600が入荷次第、お電話を差し上げます」

何ですかこの流れるようなプロの仕事。
レベチにも程がある。
この時「もうC-2300でいいや。後はP-4600かA-48の組み合わせで、どちらか好きな方を買えばいい」と思いました。

チョロいもんだなー、俺。
だけど、ここまで誰も私の財布の紐を解けなかったのは事実なんでね。みなさんは150万の売上なんか要らないと言ったのも同然ですから、それだけはきっちり表明しておきます。

つまり、営業の仕事はそんなものだと思うんです。人間の魅力を規定するのは立ち振る舞いや言葉の流麗さといった表面的な美しさでしょうが、その背景には知性の裏打ちがないとどうしようもないですね。数字が取れる人は結局、クレバーな人です。

中には客の出した機種名から1ランク上の機種を推す人もいます。経験上最低ラインは少し上で、専門家として「長く使うならこっち」という思いはあるのでしょう。そりゃ誰だってC-2900とP-7500の組み合わせが買えればいいとは思いますよ…

ですが、そんな提案をする気配が無かった事も好感度を上げました。コントロールアンプをC-2300に固定してP-4600とA-48に選択肢を絞りきったところが手練手管で、こちらとしてはお陰で「嫌々財布の都合でこうなった」という思いを抱かずに済みましたのでね。
客は実際に使ってみて駄目だと思ったら次の機会に買い替えする訳で、その需要も取り込んでしまえば一粒で二度美味しい。中古放出してくれたら三度美味しい。つまり、双方これで良いのです。

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

10月下旬になり、試聴の日が来ました。
ワクワクテカテカ
世の中に広く流布している評価は「ロック、ジャズ・フュージョンにはAB級アンプ」というものですね。私自身もAB級アンプを使っていましたので耳当たりと言うか慣れもあります。ですから私自身としても当然のようにP-4600を選択するものだと思っていたのですが。

さて。試聴機器は
DP750-C2300-パワーアンプ-4349です。

①P-4600
・エッジの効いた、解像感の高い音でした。
・時々ゴリっとした硬さがありました。但し、もう少し鳴らし込んでエージングが終われば落ち着いた音になると思います。
・音がスパスパ飛んできます。楽曲全体を俯瞰的に聴くのにはこちらがいいと思います。
・静寂感があって音が尖っている分、音数の少ない曲はこちらが圧倒的に良く聴こえました。
・「あ、この音どこかで聴いた」と思いました。ラックストーン、マッキントーンとは方向性が違い、ひたすら解析的です。聴感上のSNが高いので、盤質の悪い音源を聴くのにはこちらが向いていますでしょうね。
・帰宅して調べたらSN比は125db。A-48は117db。ひょっとしてスペックの差はあるのかな…

② A-48
・上手くカドの取れた音です。緩いのではなく刺激感を排除した音作りだと思います。
・楽曲を構成するパーツが等しく飛んで来るというより、多少の濃淡は感じました。
・P-4600より僅かに重心が低く、下が厚いかなと思いました。
・相性の悪いコントロールアンプと組み合わせない方がいいでしょうね。実態としてオマケでしかない「プリメインのプリ部」から繋ぎ込むことはしない方が…
・多少ソースを選ぶかも知れませんが、ハマればこちらが楽しいと思います。
ギターの音色の色気が凄い。と言うかはっきり言ってエロい。増幅方式の違いでは説明できません。エレキギターが弦楽器だと思ったのはこれが初めてです。

P-4600をまず先に聴いたのですが、普通に良い音だなと思いました。上述のとおり「あ、この音どこかで聴いた」とも思いました。オーディオ専門店の試聴環境に多いメリハリの効いた音です。
次に同じ楽曲をA-48で掛けて頂いたのですが、かなり混乱しました。全然違う。俺どっちが好きなんだっけ、何が違うんだっけ、と自問自答しないと選べないくらい違いました。

◾️P-4600
打率4割。ホームラン3本。
解析的。クール。
音と対峙したいときはこちら。
大事な商談に使うならこちら。
昼はこちら。
ヨーロピアサウンド好きはこちら。
実はクラシック向きだと思います。※但し、第一バイオリンの旋律を追うような聴き方をされる場合は除きます。

◾️A-48
打率2割、ホームラン48本。
煽情的。ウォーム。
音楽に浸りたいときはこちら。
おねえちゃん騙したいときはこちら。
夜はこちら。
アメリカンサウンド好きはこちら。
実はロック、ジャズフュージョン向きだと思います。

評価って奴は人それぞれ本当に違いますね。
A級、AB級の相違は優劣でなく増幅方式の違いと喝破された方がいらっしゃいましたが、これだけ違うと説明がつかない。
設計者が増幅方式の違いを、音作りの方向性の違いに反映させているのでしょうね。

ちなみにアテンドして頂いたお店の方は「これだけ違うと好みで選ぶしかないですね。私はP-4600が好きです」と仰っていました。
人間なんだから感想ってものがある訳で、練達のプロフェッショナルとそういう話をしたいのです。参考になるなあ。で、私は決めました。

A-48にします。

どうしてこうなった?

(続きます)